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DAVID BAZAN
デイヴィッド・バザン

http://www.davidbazan.com/

シアトルを拠点に活動するシンガー・ソングライター。牧師の家に生まれ、幼少期から青年期にかけて、クラリネットやドラム、ピアノなどを習得し、ビートルズやトム・ぺティ、そしてフガジなどに大きな影響を受ける。1990年代初期には同郷の盟友ダミアン・ジュラードとバンドを組んでいたこともある。このときデイヴィッドはドラムを担当している。1995年にペドロ・ザ・ライオン結成(基本的にはデイヴィッド1人で、必要に応じて友人に参加してもらうという形態)。97年にクリスチャン・レーベルとして有名なTooth & NailからリリースされたEP「Whole」にてデビュー。98年に前述のダミアン・ジュラードも在籍したMade In Mexicoから1sアルバム『It’s Hard to Find a Friend』、99年に同レーベルからEP『The Only Reason I Feel Secure』をリリース。2000年にはキャップン・ジャズ、ジョーン・オブ・アーク、ザ・プロミス・リング、ジェッツ・トゥ・ブラジルなどを輩出したJade Treeと契約、2ndアルバム『Winners Never Quit』をリリース。同レーベルからは3rdアルバム『Control』(2002)、最後のアルバムとなった『Achilles Heel』(2004)がリリース、そして『It’s Hard to Find a Friend』と『The Only Reason I Feel Secure』がリイシューされている。2003年にはシンガー・ソングライターでマルチ・インストゥルメンタリストであるT.W. Walshが正式参加(後にも先にもデイヴィッド以外にペドロ・ザ・ライオンのメンバーとして正式にクレジットされたのは彼だけである)。2005年には突如デイヴィッドがギターをシンセサイザーに持ち替えて、T.W. WalshとともにHeadphonesを結成。モデスト・マウス、マイナス・ザ・ベア、エリオット・スミスなどをリリースするシアトルのレーベルSuicide Squeezeから1枚アルバムをリリースする(以後、特に何もなし)。その後、Walshが個人的な事情でバンドを離れたあと、2006年1月、ペドロ・ザ・ライオン“解散”が正式にアナウンスされる。以後、デイヴィッド・バザン名義での活動を開始する。同年、ヴィック・チェスナット、ウィル・ジョンソン、マーク・アイツェルらと結成したThe Undertow Orchestraとしてヨーロッパ・ツアーを行う傍ら、ソロ名義での初リリースとなるEP「Fewer Moving Parts」を、デス・キャブ・フォー・キューティーを輩出したことで知られるBarsukからリリース。これは5曲をフル・アレンジしたものと、アコースティック・ヴァージョンの2パターンが収録されている。この頃、デス・キャブ・フォー・キューティーのベン・ギバードと、ジョナサン・ライスとともに全米ツアーを敢行している。また、音楽ブログ・メディアStereogumのレディオヘッド『OKコンピューター』トリビュート企画にて「Let Down」のカヴァーを披露したのも話題に。さらにこの年は、Paste magazine誌にて「Top 100 Living Songwriters」に選出されるなど、デイヴィッドの存在感が本国アメリカ、そしてヨーロッパでも大きくクローズアップされた年となる。2008年10月にはインタヴューとホーム・スタジオ・ライヴで構成されたDVD『Bazan: Alone At The Microphone』リリース。そして2009年9月、遂に待望の1stフル・アルバム『CURSE YOUR BRANCHES』が到着。全ての楽器を自分1人で演奏し唄うという文字通りの完全ソロ作品で、ペドロ・ザ・ライオン時代からなんら変わらない、いやより一層滋味溢れるデイヴィッドの唄の魅力が全開。改めて彼が現代最高のシンガー・ソングライターの1人であるということを知らしめる、至高のデビュー・アルバム。

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